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Apr 11, 2018

NYCギャラリーでの作品販売

ニューヨークのギャラリーで作品展示、販売開始

ニューヨーク、マンハッタンの現代美術館ニューミュージアムなどがあり、新しい傾向のギャラリーが集まる地区である、ロウアーイーストサイド にあるギャラリー、FAT FREE ARTにて現地で作成した作品を展示販売しました。

ニューヨークで歩く

日々歩いてニューヨークを自分の目で見て、感じて、確かめてきました。
多い日には24km歩いたことも。
一ヶ月間の滞在期間中には、少ない日でも10km以上は歩いて回りました。
毎日歩く中で、このギャラリーとも出会いました。
そこで、今回のチャンスをもらい、制作がスタートすることに。

絵画制作の日々。
ブルックリンの、ブッシュウィックにあるスタジオで制作の日々。
いきなりの展示の誘いを受けるも作品がない。
そこで、超集中モードで作品制作へ。
ニューヨークで受けた刺激をキャンバスに。
そこでできたのがこの作品です。

POPトイレ

トイレもPOPなこのギャラリー、オーナーの人柄も気さくで、とても入りやすい場所でした。
トイレはPOPが一番(笑)

N.Y.Cへの感謝

営業は飛び込みです。チャンスをくれたEvan氏と、何事もスケールが大きく寛容な、チャレンジ精神あふれるNYCに感謝!

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Mar 1, 2018

NYC滞在制作活動

3月2日から、1ヶ月間、アート活動、ギャラリーの新規開拓、研修、研鑽のためアメリカは、ニューヨークに滞在します。

滞在での詳細は、いろいろな形でアウトプットしていきます。

今後も天才安藤卓児の活動をフォロー宜しくお願いします。

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Jan 12, 2018

死と再生

死とは何か?

死を遠ざけ、忌むべきものとして扱い生きる、現代の人々。
死とは何か?
終わりなのか。始まりなのか。
その両方か。
はたまた、そのどちらでもないのか。

答えを宗教にみいだす人もいれば、科学に求める人もいる。
いずれも本質を完全には説明し得ない。

現代社会に残る死に関する、あらゆる行事、慣習、風俗もまた、ある種の正しさを含んでいるが、答えそのもにはなり得ない。

死を生きる。

死を意識して生きる。
明日は知れず。
今日もまた知れず。
「今」は知ることができる唯一の縁(よすが)であり、確かな手触りで命を伝える。

死にゆく人。生まれてくる人。

無限の生命のループの中で、泳ぎ生きる。
遊び、生きる。
あらゆる迷いも、悩みも、病みも、闇も
転じれば、遊び。
実体のない無。
ならば、自分次第でどのようにでもなる。

人生に、命に、生活に絶望しようとも前を向いた瞬間に全てはひっくる帰る。
勇気というよりは、飛び込む衝動。
衝動に身を任せて遊び=命に全てをかけてみる。
あれこれ押さえ込んでいた、自分という獣の姿に慄然としても、
恐れ、おののいても凝視せよ。
生の自分の実体を。
そいつが抑圧された、己の真の姿でもある。
その鏡をもぶち壊し、新しい自分に変わり、進めばいい。
どこへ?
どこへでもいきたい所へ。
常識という枠の押し付け、普通という強制のファシズムの暴力の中で、
血みどろになり、傷つき、倒れようと、己を貫き、ただただ自分でありたい。

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Dec 8, 2017

収穫祭

先日ようやくのことで、稲刈りが終わった。
まずは周囲を手刈り。そして近所の方に手伝ってもらって、バインダーで機械刈りも行った。
手作業に比べて、圧倒的に楽な作業となった。
機械の楽さに感謝するのと同時に、ある種の物足りなさも感じた。
それは皆でわいわいと楽しく刈る喜びだった。

稲刈りを手作業でやると、一反を一人で刈るのはかなり辛いが、
仲間とたくさんでやると一気に楽しくなる。
そこで、四分の一ほどを残しておいて、後日田植えを一緒にやった方達を呼んで子供も交えて楽しく稲刈りをした。子供も大人も皆楽しんでやったので本当にあっという間に終わってしまった。
やはりシェアしたほうが何事も楽しい。
時代は変わって、一もどり。改めて昔の良さを思い出し、また受け継いでいく。

稲掛けの仕方も近所の方に指導いただいた。
直接教えてもらう喜びと確かな手応えは、やはりネットにはない。
やはりリアルが一番。
田舎で過ごしてますますそう思う。というかそう感じる。
一つ一つの作業を自分で考えて消化し、覚えていく。
杭をしっかりと打ち付けて倒れないようにして完成。
稲を干していく。これから二週間ほど干す。

そして、動力を使わない足踏み脱穀機での脱穀作業。
こいつも結構ハード。
なんせ機械は大正時代のもの。
しかし今でもバリバリ動く現役である。
動力は足で踏み続けて動かす。

その後、唐箕(とうみ)でゴミを風で飛ばし、重い籾だけを選別。
かなり効率は悪いが、なんとか籾を集めた。
寒い中、庭で数日かかって作業を終えた。
本当に体力勝負だ。
改めて昔の人々の体力と精神力に感服。

あとは、籾すりをやればようやく玄米ができて食べれれる。
籾すりも手作業に挑戦。
石臼に木の棒でゴリゴリやってようやく殻が外れる。
この殻が実はとても大切で、珪素を多く含んでいて、虫などからお米を守り
味を損なわずに長期保存が可能となる。
現代では都合上、籾すりを一斉に行うので、守る力のなくなった玄米をわざわざコストをかけて冷蔵保存などしている。
そこで我が家は、非電化工房の、非電化籾摺り機を購入。
手間はかかるが、毎回食べる前に手動で籾摺りをしてから食べてみようと思う。
いざとなったら、コイン式の籾摺り機も使えば、さほど負担にならないと思う。
なんでもやってみて初めて分かることがあるのだから。

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Sep 12, 2017

かみかくし

楽しむとは何か?

やりすぎても、辛い。
何もしなくても、つまらない。

そんな中庸、ちょうどよく、いい塩梅になにごともやれたらいいなー。
そう思って何事もはじめてみる。
初めて見る景色に戸惑い、揺れながらぼんやりと浮かぶカゲロウのような時。
時を刻む?
時に刻まれる?

時空警察に逮捕。
時の流れを乱すものは警告。
イエローカード。

雨音を目で見る、カフェの窓。
つまらないと思っていた景色の中に、どれだけの美しさを見いだすことができるのだろう?

見栄をはっても、しんどい。
卑屈になっても、じめじめと暗い。

太陽を浴びたい。
本当に。
紫外線で焼き尽くしてくれカビキラー。
チンドン屋の戯言は照れ隠し。
神隠し。

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Sep 12, 2017

自然農の米作りに挑戦

今年から、父の実家のある豊田市の田舎で、米作りを始めることに。
なぜ?
流れに身を任せ、たどり着いた場所である。

以前から自然と近い暮らしがしたいと漠然と思っていた。
そして遊びから入った。
環境問題も気になるし、自給自足に近づけたら、お金もあまりかからないのかなー。
と安易な無邪気さで畑から始めた。

パリ時代から急激に心惹かれた故福岡正信氏の書物「わら一本の革命」
木村秋則さんの奇跡のりんごが入口だった。
そして実践的な川口由一さんの本でひたすら学んで米作りをやってみた。

機械を使わず手作業での労働中心。
最初は本当に右も左もわからなかった。
祖父の作業を手伝った経験しかなかった。
だが、自分の中に百姓の誇り高き血が流れていた。

汗の尊さ。
きつくても楽しい自然の中での作業。
ときおり吹く風のここちよさ。
自分の限界作業量も知った。
力ずくだけでは、やれない。欲をかきすぎてもきつくなるだけだった。
体力、気力の限界まで追い込まれる。
自分の弱さ、強さの発見。
そしてやればやるほど体も心も慣れてきた。
きづけば家に帰れないほど毎日作業が続いた。

家周辺と、畑、田んぼ3つ、その他の土地の草刈りも厳しく辛い。
うまく人にも頼めず、ほとんど一人で戦った。
しばらく放置されていた土地は太い草が伸び放題。
そして、一通りすべての場所の草を、刈った。
これでもういいだろう。
安心したのも束の間。
刈っても刈っても、伸びてくる草。
何度も弱音を吐き、文句も愚痴も言った。
田舎での楽しさには辛さもたっぷりと含まれていた

ようやく秋になって落ち着いてきた太陽の勢い。
そして久々に文章を書く。
こころの余裕。
芸術の秋とはそういうことだったのか。
農作業の落ち着いてきた季節だからこその余裕だったのか。
5月からは絵もほとんど描けないほどだった。
だけどとても暖かい経験ができた。
自然と寄り添うとは何か?
その答えを自分なりに生きてみたいと思う。
今では農作業をスポーツとして捉えようと試みている。
たっぷり痩せたし、身も心も軽いよ。

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May 13, 2017

開拓舎

開拓者の心理をご存知か?

今日の大地では何を耕し、何を耕さないのか?
自然農との出会い。
間違いを許し合い進む未来。
自然農法、自然農、自然栽培。
わかりずらい違い。
手探りでの実験場。
明日の君はドナルド?

種揉む街。
時に欲する田舎町。

ないものねだりの、おねだり上手。

街ではあれを。
田舎ではこれを。
人間のサガと向き合う。
実に気まぐれな自分自身の本心。

繋がる人との御縁に、五円玉を思う。
神聖幾何学。
神秘十字線。

基準となるべき霊性はどのステージ?

わかってしまうエネルギー。
気の流れ。
人々の心身の好不調。
それもまた困難な道。

常に神はお見通し。
下手な小細工も、権謀術数もいずれは自分の元へと帰るのみ。
ブーメランエフェクト。
オージーイージーに倒れるぞ。

読み解く心はどこへやら。
解きほぐす心はどこまでも。

詩的霊性研究家。
ベンガル虎。
トラトラトラ。

奢る平家も久からず。
栄枯盛衰。
枯れゆく世代へ送るエール。
気づけば進めるステージも、私利私欲で固めた鎧では通れん道理。
待ちくたびれた松たか子。
待ちわびたぞよ松鷹を。

梅を埋め。
雲を掴め。
紀伊国屋。
越後屋。
今何時かや?

発信する今ここから。
発揮する末期ガンの患者こする目。
さする患部、察する幹部。
崩壊は近い北。
発展する南の島々。

意味不明。
意識不明。
明日未明。
今日未定。

集約される今。
次元の扉は開いたか?

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May 5, 2017

旭 山里での展示

旭とは?
朝日が登る場所。
新しい始まりを意味する。

先日、豊田市の山間部である旧旭地区にて開催された、『山里のお蔵展』へ参加させていただいた。
新作の絵画作品一点を描き下ろして展示。ポストカード販売で経済性も確保。
その場所の力もさることながら、そこには新しい体験が待っていた。

気さくでみんな気軽に立ち寄れる肩肘張らない田舎の大らかな空気。
そこに店主である、とうやん(阿部さん)が君臨していて、龍のごとく人を射抜く。
そしてこの場所も人々も空気が優しいのだ。
この地域は若手の移住者も多く新しい開かれた田舎になっていっているのを感じて感銘を受けた。

すぐ近くにある、お須原山は完全なるパワースポットで、山頂付近には磐座(イワクラ)が点在している。素晴らしい気の流れで、とても風が心地よい。

5月3日は、遊びに来てくれた友人達と道端でピクニック。
いろんな友達の融合。化学反応より、ややカオス。

その後みんなで山登り。
磐座に登り歌い、景色を眺める子供達。

神社前の神楽殿では、子供達とダンスタイム。
和のトランスで始める神の依り代体験。

そんな休日もいいですね。

出会いと別れを繰り返し、日々成長、後退。螺旋状に登りゆく階段はDNA。
よくわからなくなる時もあれど、されど私の人生は。されど私の人生は。(吉田拓郎)

P.S ポストカード売れたよ。感謝。

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Apr 26, 2017

D.I.Y 以下同文

ブログという形式に縛られ、なにかと面倒臭くなってきたので、自由に描きます。

以下同文
D.I.Y血はまた巡り、一歩一歩踏みしめる大地。
寒空の下、傘もささずに、ずぶれた野良猫。子供の泣き声。木霊するヤマビコ。
散文、スバルが瞬く夜。
ヲ前、けふの星ヲ見タカ?
夜明けとともに目を覚ます鶏。
コッコー le coq 月ヲ見タカ?

スタンガン、弾丸飛び交う最中、
ほおばったモナカ、花はサイタカ?
ニイタカヤマノボレ、どこへ向かうコウモリ。
日本軍、北朝鮮軍、軍神ホルベルン色相空間。
12色の配置から、大地から、確かに確かめた力から。
力こぶが自慢の、きしめん亭。
もちは入れたか?Kiss Me で。
氷室京介、狂喜乱舞。
乱れ咲く桜。桜塚、宝塚。
駄文、散文、漢文、古文。吉祥寺以下同文。

マニアックを気取ったコンテスト。失ったコンテクスト。気取ったナルシスト。
鏡を見たか?以下同文。

今日の自分は明日の自分とはどこが違う?
決断、結論、結露してドン、ロン。
上がりました倫敦(ロンドン)。行くすえはボンボン。
バタ子さん、バタバタと倒れた。
タバコさん、タバタバと煙あがった。
立ち上った、立ち上がった、真面目すぎて俺疲れた。
気使い、きちがい、気狂いピエロ。
はたまた畑正憲。言葉で遊んで何が悪い?
あれもダメ、これもダメ、行き着く先は全部ダメの全否定。
all or nothingのモノクロ思考がシンドローム化。
全てさらけ出して大人は進む。
ススムくんアユムくん。ご苦労、皮肉屋さん。
肉を食って何が悪い?悪いのは、悪を産むその心だ。

対象が、対象化、時代が下って暫く大正化。
権化、ゴング、凡愚、DONQ、TONK、funk、文句、Non句。
血なまこになり探した白亜紀の恐竜のかけら、だからこけら落とし、五月雨もみじおろし。
少しは誤魔化し、魔界し、破壊し、他界し、墓石、立石、玉石。
ラップからの脱出、目論見、外れて、検討つけてつかまえて。
ライ麦畑ではLSD、それより今はLCC。
格安航空券。チケット売り場に並ぶ孫悟空。
沙悟浄さんいらっしゃい。
悩み無用イラハイ。
調べろ、知識より体験。人体実験、全ては体験で体現。
ただ、ダダ、まだ、ただ?それより今、まだ。
またマスカラス、ドスカラス。
たちまち散らかす。
韻踏みよりif me。
スニーカーは、ひふみ。
ひふみ神示読んだか?
それが新しいご挨拶。
アーティスト気取りより、いまじゃ時代は農民気取り。
隈取り、靴墨。blackに上積み。
慣れたて手つきでのお手つき、もちつきは餅屋より、家庭でせい!!

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Jan 9, 2017

家を遊ぶ

先日友人の紹介で、新たな出会いと世界に触れることができた。
とても感謝しています。

自分が生まれ育った町、豊田市の松平地区に、素晴らしいライフスタイルの家族が名古屋市から移住して、設計士であるご主人が、古い民家を改築してセンス良く暮らしているらしい。
そう友人伝いに聞いて、仲介者である妻と、建築関係の仕事をしている母と出かけた。
自分が関心を持っている、自然と寄り添う暮らし、自然農、ミニマルでシンプルかつ豊かな暮らし。
色々なことがシンクロしていて、多くを学んだのであった。

ご主人のセルフビルドによる工程も多く含まれていた家は心地よく、そして心の豊かさを重視したものであった。
寒い冬を楽しむための薪ストーブに、広い玄関と土間、いい国産材を使った窓枠や、アンティークのドア、広くて開放的、料理を楽しめるキッチン。本当にいいセンスだった。
そして彼らが出してくれた、もてなしの料理や、美味しい手作りのおはぎに感動した。
子供たちも、周辺の豊かな環境で楽しく遊びまわっていた。もちろん大人も一緒になって遊んだ。

おやつには薪ストーブで作ったジャガバター。これも絶品。
以前は全く無頓着だったが、自分も自然と家造り、内装にも興味をもってきた。
これも子供の存在によることが大きい。
本当に子供には多くを学ぶのだった。
子供達と一緒になって広いリビングスペースで一緒に絵を描いて遊ぶ。
彼らの自由で豊かな感覚と、何より全存在を賭けて今に生きていることで生まれるアートは魂をゆさぶる。彼らこそ私の先生である。

帰路につくころ。すっかり心も暖かかった。
本物の火の暖かさだった。

二週間後今度は彼らが、父の実家のある小原田代町まで遊びに来てくれた。
家の中庭で皆で焚き火をして、母の作ってくれた薬膳料理を食べた。
そして焚き火で石を温めておいて、後から落ち葉をかぶせて焼き芋を作った。
初めて作ったやり方だったがとてもうまくいった。
何より友人たちのサポートで、良い時間を皆で分かち合えたことが嬉しかった。
野山で遊んだ後、空腹で食べるご飯は本当に美味しい。
改めて自分で体験することの重要性に気づく。
知識では全ては得られない、体験にこそ価値が有る。
失敗などない。
全ては通じている。
今に生きて、未来を恐れず、過去を悔やまず。
全ての創造は今ここから始まるのだから。
自分の信じた道を、人から何を言われようが貫き、進んでいこう。
人など皆、自分の好きなようにそれぞれの意見を言うだけだ。
気にするだけ時間とエネルギーの無駄である。
それぞれの道を、それぞれのゴールを進めば良い。

常識という名の非常識が、暴力的に一律の「普通」という概念を押し付ける。
メディアは成功者のイメージを伝え、こうあるべきだ、こうでなければと煽り、
無垢な輩は、文字通り鵜飼いの鵜のように、情報を鵜呑みしてしまう。
気づき立ち上がるべきは、自分の人生である。
いらないものは吐き出して、欲しいものを食べれば良いのだ。

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