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Nov 30, 2016

永いバカンス

永かったバカンスのような日々が過ぎていった。
湘南での生活は、ほとんど子育てと、なによりサーフィンと共にあった。
PARISから帰ってきて、東京でのアート活動も視野に引っ越したのであるが、
以前からやりたかったボードサーフィンを始めると完全にどっぷりとはまってしまったのだった。

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サーフィンをやりに海に行き、一生懸命に体を動かし、波と格闘しながら同化し、
波を待ちながら、美しい海からの景色を眺める。
連なった色とりどりの海岸線や、遠くに見える蒼くかすんだ島々。
何気ない、海で出会った人との会話やあいさつ。
そしてその後に食べる美味しいご飯。
本当に何を食べても感動するくらいにうまい!!
シンプルな喜びに心も体も満たされる。
頭や気を使うことの多い自分には、最高の息抜きであり、また新たな挑戦でもある。
そんなサーフィンを本当に愛してしまった。

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愛知県豊田市に住んでいた時、海は小旅行感覚で出かける場所だった。
長い時間の運転と、高速道路料金に、ガソリン代。
通うのにハードルが高く継続性に欠けたので億劫になってしまい上達に時間がかかった。
それが、自転車で海に通えるようになってとても海が近い存在になった。
日頃からふらりと散歩に行ったり、波をチェックしにいったりと本当に生活の一部になったのだ。
最高に気持ち良い時間だ。

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最初はパドリングもできず、全てが難しかったが、ジョジョに上達すると本当に楽しくなってくる。
なんでも最初は下手くそだから、おもしろいともいえる。
未知のものに立ち向かう面白さだ。
自然とガッツも出てくる。
負けず嫌いな自分は、燃えてくるのだった。

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鎌倉エリアのあるポイントがとても気に入った。
そこで平日に出会う人たちは、たいていガツガツしていなかった。
ロング中心で、リーフとサンドのミックスで波質が良くとてもやりやすかった。
そこでローカルの人たちに敬意を表しつつ、励ましてもらった。
初めて心から愛したポイントだった。
本当に感謝している。ありがとうございました。

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そこで度々顔を合わせて仲良くなった人に名前を聞かれて安藤ですと答えたら、
相手も同じ安藤さんだった。
ここでもなにか不思議なシンクロを感じたのだった。
もっと仲良くなりたかったが、旅たちの時が来た。
一度愛知県の実家に戻ることにしたのだ。
生活コストを下げて、アートにより集中するためだ。
海辺の暮らしだけでは満たされない何かが燻っていたのだ。
もっと製作したい。古い自分の殻をぶち壊して。
新しい始まりの帰郷となった。
そしてそこから次はNew Yorkを目指す。
自然と近い暮らしを志向しつつ。

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Jul 30, 2016

フェアトレード〜LIVE〜

先日地元の愛知県にイベントで戻った後、その流れはおこった。
地元豊田市に、フェアトレードを扱うお店があるらしいと聞き、行ってみることに。
以前からフェアトレードには関心があり、ご縁から関わりもあった。
しかし最近は少し離れていたので久々の再会となった。
そのお店で出会った方が来週イベントをやるとのこと。
それも地元豊田市の駅前でだ。
そこでライブペイントをやることに。

次回の打ち合わせの約束をして会場となる駅前の広場にできていたカフェに行ってみると、
そこには小中高の友人、たっちゃんがいた。
かなり久々の再会。
そして彼もまたそのイベントに自身のバンドで出演するとのこと。
うーんおもしろい流れ。シンクロー。
そして名古屋のイベント主催のけんちゃんともつながる方とも再会。
繋がり押忍!

ここでフェアトレードとの再会について再び。
パリ時代に少し服作りに関わり、ファッションの街に住むことで、それらに疲れを感じていた自分は、もっと着心地や、優しさ、普遍性を求めていた。
いくら洗練されていて、かっこよくキメても、比べ合い、けなしあいの弱肉強食の競争社会では、虚しさが募るばかりだった。
新しい服を買えども、またすぐに満足出来なくなる、まさにファッションヴィクティムだった。

オーガニックコットンが通常のコットンより環境負荷が低いことはご存知だろう。
そして最近のファストファッションの弊害を、「the true cost」という映画で知った。
バングラディッシュなどの工場では、過酷な労働環境で長時間働き、メンテナンスされていないビルで倒壊事故が起こりたくさんの方が亡くなっている。
すべては、安くたくさん作ってよりたくさんの利益を出すため。
先進国の価格競争の犠牲者は途上国での労働者だ。
そして先進国で買う消費者もある種の犠牲者だろう。
なぜなら、物に埋もれて、呼吸もできない人たちがまだまだ多いからだ。
安価だと買い求めて使わない。そしてもったいないからと捨てられない。
断捨離や、ミニマリズムがブームになるのはこういう背景があるからだろう。
戦後のアメリカ式に付き合ってきた日本人も原点に戻ってきたのだ。

さてイベント当日。
ライブペイントも気ままに始めて、懐かしい再会も多数。
さすが地元。知り合いのいない地域に引っ越しした俺たち家族には本当にありがたかった。
ステージの背景には作品を吊るして空間作り。
友人のライブの時は、ライブペイントは放置。

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子供達が集まってきてくれたので、彼らにアシスタントとして色を塗ってもらったりして共作。

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こんなアドリブが楽しい。
予定調和じゃつまらない。
既存の枠なんかぶっ壊してしまおう。
自分の関わり方ややり方でいいんだと改めて思った。

自分らしくというか、それすらもぶっ壊して、その都度変わりゆく自分もまた流れ。
あらゆる細胞は日々生まれ変わり、自分を構成する素粒子も絶えず入れ替わっている。
全ては移り行き生まれ変わる。
懐かしい再会からのフィードバックと、未来への希望。
もっと長いサイクルのもの作っていこうかな。
相変わらずのスタンスだが。
アップデートもしてますよ。

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Jul 10, 2016

Buddha

友人のけんちゃんの主催、誘いで名古屋の老舗クラブ、buddhaで開催されるイベント
GO SEDONAにアートワークで参加した。

会場では、布に作品を書いて壁面から吊るしたり、壁に絵をかけて、一種の結界のようなエネルギー場を作ってイベントの空間を変容させた。

空間のエネルギーを絵を使って変えられるというのは、個展などの時は感じていたが、このようなイベントなどの時も使えるのだとわかって、とても得るものがあった。
大きな布に4枚くらい書き下ろしたので、エネルギーも使ったが、楽しかった。
やはり新しいことをやるのは、いろいろあって面白いなー。

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会場には濃い面子が揃っていて、天和(てんほー)気味だった。
インドからのエネルギーや、セドナを目指すエネルギー。
ディープでした。満腹。
そこにある種の秩序と清さをアートで。
実験は遊びとともに生まれる。
押す。
ブッダヘッド。

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Jan 11, 2016

おばあちゃんとの別れ

昨年は、早くから愛知の実家に帰省した。
おばあちゃんが危険な状態にあるということで年末の帰省を随分早めたためだ。
最愛のおばあちゃんだった。

別れは突然来る。
覚悟はしていたつもりだったが、、、

鼻から管を入れて栄養を入れている、おばあちゃんを見るのは本当に辛かった。
長い戦いのような日々。
介護がてら一緒に暮らしたこともあった。

雪の降った寒い冬の日にサーフィンをした帰り、電話で母とかわった。
もう楽になってもいいんだよ。
思わずそう声をかけた。
その後数日しておばあちゃんは亡くなった。

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最後の瞬間には会えなかった。
とても辛くて車の中で一人むせび泣いた。
声にならない声をあげて。
車の中は、人目も気にせずに泣けて最適だった。
覚悟はしていたが、悔いがないと言えば嘘になる。
たくさんの優しさと愛情を注いでくれて本当に感謝している。
ありがとう。
世界一のばあちゃん。
あの笑顔が、生まれてきた子供に受け継がれていると感じた。
そして犬がすごく好きなところも似ている。
こうやって命は繋がってきた。
俺の命も繋がっていくのかな。
こうやって思い出す時目頭は熱くなり、心ははりさけんばかりに温かくなる。
本当にありがとう。

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Dec 7, 2015

パリ、東京の日は沈む

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パリで再び悪夢のような事件が起こった。
それも以前住んでいた場所から800mの場所だ。
なぜだ?
移民として住んでいた自分たちも感じたあたりまえにある格差や、差別。
そういったバックボーンからも、過激派の影響からも超反社会的な人間は生まれる。
パリの郊外はひどいスラムだ。

今なにを信じるべきなのか?
イスラム教徒への悪意あるレッテル貼りもメディアを未だに占領している。
そしてFBのプロフィール写真をトリコロールカラーにするかどうかという議論。
被害に怯えるパリ市民、フランス人達に愛を伝えるのにフランス国旗で連帯感を表明するということか。

しかし、ほかの方法はないのだろうか?
テロは世界中で相次いでいる。
これまでもアメリカ、フランスなどが中東を空爆したことで多数の民間人が亡くなっている。そして中東でのテロは日常だ。
これからも混乱の中、戦争ビジネスでもうかるのは、どこの誰なのだろうか?
よく考えて追求してほしい。
そして自分たちの暮らし方を選んでほしい。

私たちが日頃使っているメガバンクのお金の流れをご存知だろうか?
私たちの預貯金は、武器への投資にも使われているのだ。
今年のパリ郊外で開催された武器の展示会には日本企業も初めて多数参加した。
現在の自民党政権は経済で餌をまいて民衆を飼いならそうとしているが、戦争参加への意欲は極めて高い。
果たして中国や北朝鮮が本当の脅威たり得るのだろうか?
日本の歴史、世界の歴史も自分の頭で学び直す必要があるようだ。

自分で調べて、自分で決断して生きて行く。
シンプルだが、流されずに自分の頭で考えることがこれからの時代何より必要だ。
子供の世代に何を残したいのか?

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金曜の夜、久々の満員電車で東京からの帰り、押し合いへし合いの中、痴漢が捕まる姿に遭遇した。犯人とされる男はマスクとメガネをかけたごく普通のサラリーマンだ。
彼は必死に電車から引き摺り下ろされるのに抵抗していた。
電車内では、電車が遅れていて終電のため、怒号が飛び交っていた。
早く降りろ!!
酔った中年サラリーマン達が叫ぶ。
まるで生贄となった子羊が運ばれてくように、人生のレールから脱線して連れられていくサラリーマンの姿。
いやだ降りたくない!
そう叫んでいた彼は駅員達に連行されていった。

次の電車も、ほかの電車も明日まで待てば、本当はあるんだけど。
画一化された生き方からはみ出せない日本人の悲哀を感じていた。

俺は改めて自分の道で生きよう。
俺らしい生き方しかもうできないのだから。
幸運だが、必死で守り戦ってきた生き様だ。
いつ死んでも悔いはないように前のめりで逝きたい。
日本にも愛と平和を!!

 

Nov 13, 2015

熊が来た。

先日内に熊が来た。

熊といっても、熊さんという名前のじいさんが来たのだった。
70代だ。
この老人は若い。が、酒飲みだ。
あった時から酒の匂いがした。
しかし、ピースボートで世界を二周していて妙にオープンだ。
日本人的ではない開けっぴろげな図々しいまでのフレンドリーさを持っている。

この日は東北の松島から新幹線で我が家に近い大磯駅まで来た。
長旅だったろう。
あってそうそうビールを買いに行けということで薬局へ。
相変わらずの変人だがなぜか憎めない。
たまに妙に哲学的なことをいったりする。
それもチベット仏教的にだ。
と、ようわからんじいさんだが再会したのは実に四年ぶりで、前回は初めてワーホリでフランスに行く前に開催した名古屋での個展に来てくれた時だった。

再会するなり、脈絡のない話で酒を飲む。
持参した竹を切っただけの自作のピッチャーを持ってきて、そこにみかんを入れて、ビールを注いで飲む。
けっこう風流だ。
土産には、古いブランデー。
そして竹ずみの入っているフクロウの置物を三つをくれたのだった。

この日は娘のお食い初めという、一生食べ物に困らないようにという願いをこめた昔ながらのお祝いを自宅でささやかにやった後だったので、竹と、フクロウとは縁起がいいなと思った。
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そんなじいさんと二日間に渡りよく歩いた。
平塚駅から海まで出て、海沿いを花水川河口まで。
きらきらと光る海を見ながら、重い砂浜を軽やかに歩いた。
サーファーを見たり。波を見たり。
釣り人と話したり、石を拾ったり。
このじいさんは毎日2万歩を心がけているらしい。
距離にして14キロほどだ。
つられて俺も歩きに歩いた。
パリから日本に帰ってきてからは随分歩く距離も減っていたので、良い機会だった。
パリでは移動手段として本当によく歩いた。
道も覚えるし、気分転換にもなる。
メトロと組み合わせれば最強だ。
ところが日本では、車に乗ることが増え、体もなまっていた。
歩けば発見がある。
家の裏にある高麗山を少し歩いて黄色い葉っぱを踏みながら山茶花を見て、湿った空気を感じる。
大磯町を歩き、古い邸宅や、日本家屋に心を踊らせる。
道行くおばちゃんにみかんをもらって話したり。
こんな余裕が楽しかった。
きづけば忙しい顔して早歩きの日々を過ごしていることもある。
日常がルーティーン化して繰り返しのように感じたら歩いてみよう。
必ず発見がある。

最後に熊は小田原へ旅立った。
その後愛知県の知多半島まで帰るそうだ。
see youといって熊は帰った。
久々の酒に体も心も暖かかった。

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Nov 2, 2015

開通

11月に入りようやくネット開通。
しかも工事までしました。

引っ越し後u-mobileを使っていましたが遅すぎて全く仕事にならず。
でauひかりを導入することに。
その後開通し本当にサクサクに。
ようやくスタートラインに立てた気がします。

ネットも結構ラヴですよ。
やはり必要。あったほうが楽しい。
そう素直に思いました。

今後ホームページもリニューアルします。
Parisで作っていたサイトが使えなくなり、モチベーション低下しまくっていたのですが、ようやく。ようやく動きました。
自分がメディアです。
明るい情報で、世界を照らして行きましょうよ!!

ドローイングも好調。
ドンドン描いていきますよ~~。


古代人の街~blue~

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Oct 20, 2015

媚びるな!!

朝方かいていたドローイング。
牛は宇宙的なコスチューム。
そして一言。
媚びるな!!

そうだよな。
俺には俺の絵がある。世界がある。
そこは誰にも譲れない。
世間の評価?他人の目?
気にならないと言ったら嘘になるが、必要以上に気にする必要はない。
人の目線で格好つけて、流行りのスタイルに没入しても、
虚しさは増すばかり。

自分の心の声は何て言っているのか?
何がしたい?
どこへ行きたい?
何が食べたい?
なんでもいい。その本音をもっと自分が聞いてやりたい。

こんな気分もあるだろうよ。

Take It Eazy
気ままにいこう。

 

Oct 6, 2015

海辺へ引っ越し

いきなりだが近況報告。
先日引っ越しました。

8月31日から平塚市にである。(ほぼ大磯町)
以前から家を探していたが、ようやくみつけたのだった。
重視したのは海までの距離。自転車で行ける。
そして家の裏には山。
東京まで電車で一時間弱で行ける。
両家の実家も3時間半くらいなどなど。


家の裏には山があります。
妻が出産後実家にいて子供ともどもお世話になっている間も、家を作る準備に追われた。
日本での引っ越しがここまで大変だとは。
何が大変かというと家具が何もないからだ。
フランスでの生活では、四回引っ越したが、いつも家具や食器などすぐにでも暮らせるベースは整っていた。そこに自分の必要なものを買い足したりするだけなので、余計なコストはかからない。もっとも、自分好みの生活をしたい人は、家具ももって引っ越すのだろうが、あまり物を持ちたくない自分にとっては、めんどうなのだ。

引っ越し後、買い出しに走り、冷蔵庫、洗濯機、ガスレンジなども自分で新古品を設置した。重かった。そしてある朝、まさかのぎっくり腰になった。
強烈な痛みで動けない。そして誰もいない。
救急車で病院へ向かい。悶絶。悶絶。悶絶。
悶絶グルーブだ。
カーテンもない。丸見え。
カーテンは高い。信じられないくらい高い。驚いた。
布団もない。寝る時痛い。

病院でコルセットをまいたら少し落ち着いた。
その後は、はって生活。
はって食事。
トイレまで階段をはって降りる。

で親が週末に愛知から助けに来てくれて布団をゲット。柔らかくて感激した。
で一ヶ月後にようやく妻子が合流。
10月から新居での暮らし!!

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ALOHA

 

Aug 8, 2015

妊娠から出産まで

前回の投稿から気がつけば長い長い時間が経っていた。
それくらい忙しかったのか?充実していたのか?
さて。。。

妻が妊娠したので、帰国後、何かモードが切り替わった。
アート中心から、子育てにである。
妊婦さんに良い食事とは?良い生活とは?
出産って痛いのか?実際どうなのか?
わからないことだらけだった。
自分なりに色々と実践を重ねた。正解はあるのかないのか。

そこで、妻が見つけた、ヒプノバースのセミナーへ東京まで行くことになった。
ヒプノバースとは???
受講料も二日で35000円。
半信半疑で調べたり聞いたりして、だんだんと自分もお産に参加して行ったのだった。

ヒプノバースとは、潜在意識にアプローチして、ネガティブなお産のイメージを払拭し、人間が本来持っているお産の喜びを取り戻す、素晴らしいメソッドである。
なんでも、イギリスのキャサリン妃もその方法で出産したようで注目も高まっていた。
徐々に興味が湧いてきて、セミナーへと向かった。

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当日は栃木の妻の実家から東京の洗足池まで電車で向かった。
まだ寒い2月だった。

セミナーはまさに目からうろこ。
夫も出産に参加しなければもったいない。
まさに意識が変わった。たくさん勉強した。

セミナー後、徐々に自分たちの求めているものがわかり、当初予定していた総合病院のバースセンターより、アットホームな環境と、ぬくもり重視のことり助産院さんに進路変更。
そして8月に栃木県の、ことり助産院さんで無事出産。
しかし当日、準備に準備を重ねていたが、数日愛知県の実家に母の誕生日と、兄家族で1日旅行に行ったところ、次の日妻から電話があり、予定日より18日はやく産気づいたとのこと。東京からの新幹線が運休したため、急いで車を飛ばし栃木まで向かうが遠い遠い道のり。
車中でさ助産院さんから電話があり、妻の血圧が高く、近くの大きな病院に移るかもとのこと。「しばらく様子を見てまた電話します。」

まさかそんなはずはない。
祈ってくださいと言われ、車中で泣きながら夢中で祈った。
自分のことはいいから、妻と赤ちゃんは無事出産させてください。
お願いします。

30分ほどして、また電話があり、安藤さん産まれますとのこと。
え?今ですかーー?
電話での実況中継が始まった。

妻の大きな呻きにも似た声が聞こえる。
すると。
ふわーーー。
ふわーーー。
と赤ちゃんの泣き声が。
思わず号泣。感動と、自分のいれない悔しさと入り混じり、運転しながら泣いた。
その時に空が晴れていて、何か全てが生まれ変わったようなそんな新鮮な感じがした。
新しい命の誕生。
それも自分の子供が本当に生まれたんだ。
急いで栃木に向かいついたのは夜。
そして妻と赤ちゃんの顔を見た時には、最高の幸せがあった。

数日間助産院さんで、美味しい食事と楽しい時を過ごし、夏休みは過ぎていった。
部屋から見える山が綺麗でいやされた。

並行して新居もずっと探していた。
神奈川県の湘南でだ。やや街の辻堂、茅ヶ崎周辺での家探しが多かったのだが、気になっていた平塚市の山が見える新居に決めた。
都会と田舎のバランス。
人間と自然のバランス。
色々と整ってきた。

ここから新しい生活が始まる。

 

 

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