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Jan 11, 2016

おばあちゃんとの別れ

昨年は、早くから愛知の実家に帰省した。
おばあちゃんが危険な状態にあるということで年末の帰省を随分早めたためだ。
最愛のおばあちゃんだった。

別れは突然来る。
覚悟はしていたつもりだったが、、、

鼻から管を入れて栄養を入れている、おばあちゃんを見るのは本当に辛かった。
長い戦いのような日々。
介護がてら一緒に暮らしたこともあった。

雪の降った寒い冬の日にサーフィンをした帰り、電話で母とかわった。
もう楽になってもいいんだよ。
思わずそう声をかけた。
その後数日しておばあちゃんは亡くなった。

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最後の瞬間には会えなかった。
とても辛くて車の中で一人むせび泣いた。
声にならない声をあげて。
車の中は、人目も気にせずに泣けて最適だった。
覚悟はしていたが、悔いがないと言えば嘘になる。
たくさんの優しさと愛情を注いでくれて本当に感謝している。
ありがとう。
世界一のばあちゃん。
あの笑顔が、生まれてきた子供に受け継がれていると感じた。
そして犬がすごく好きなところも似ている。
こうやって命は繋がってきた。
俺の命も繋がっていくのかな。
こうやって思い出す時目頭は熱くなり、心ははりさけんばかりに温かくなる。
本当にありがとう。

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Dec 7, 2015

パリ、東京の日は沈む

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パリで再び悪夢のような事件が起こった。
それも以前住んでいた場所から800mの場所だ。
なぜだ?
移民として住んでいた自分たちも感じたあたりまえにある格差や、差別。
そういったバックボーンからも、過激派の影響からも超反社会的な人間は生まれる。
パリの郊外はひどいスラムだ。

今なにを信じるべきなのか?
イスラム教徒への悪意あるレッテル貼りもメディアを未だに占領している。
そしてFBのプロフィール写真をトリコロールカラーにするかどうかという議論。
被害に怯えるパリ市民、フランス人達に愛を伝えるのにフランス国旗で連帯感を表明するということか。

しかし、ほかの方法はないのだろうか?
テロは世界中で相次いでいる。
これまでもアメリカ、フランスなどが中東を空爆したことで多数の民間人が亡くなっている。そして中東でのテロは日常だ。
これからも混乱の中、戦争ビジネスでもうかるのは、どこの誰なのだろうか?
よく考えて追求してほしい。
そして自分たちの暮らし方を選んでほしい。

私たちが日頃使っているメガバンクのお金の流れをご存知だろうか?
私たちの預貯金は、武器への投資にも使われているのだ。
今年のパリ郊外で開催された武器の展示会には日本企業も初めて多数参加した。
現在の自民党政権は経済で餌をまいて民衆を飼いならそうとしているが、戦争参加への意欲は極めて高い。
果たして中国や北朝鮮が本当の脅威たり得るのだろうか?
日本の歴史、世界の歴史も自分の頭で学び直す必要があるようだ。

自分で調べて、自分で決断して生きて行く。
シンプルだが、流されずに自分の頭で考えることがこれからの時代何より必要だ。
子供の世代に何を残したいのか?

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金曜の夜、久々の満員電車で東京からの帰り、押し合いへし合いの中、痴漢が捕まる姿に遭遇した。犯人とされる男はマスクとメガネをかけたごく普通のサラリーマンだ。
彼は必死に電車から引き摺り下ろされるのに抵抗していた。
電車内では、電車が遅れていて終電のため、怒号が飛び交っていた。
早く降りろ!!
酔った中年サラリーマン達が叫ぶ。
まるで生贄となった子羊が運ばれてくように、人生のレールから脱線して連れられていくサラリーマンの姿。
いやだ降りたくない!
そう叫んでいた彼は駅員達に連行されていった。

次の電車も、ほかの電車も明日まで待てば、本当はあるんだけど。
画一化された生き方からはみ出せない日本人の悲哀を感じていた。

俺は改めて自分の道で生きよう。
俺らしい生き方しかもうできないのだから。
幸運だが、必死で守り戦ってきた生き様だ。
いつ死んでも悔いはないように前のめりで逝きたい。
日本にも愛と平和を!!

 

Nov 13, 2015

熊が来た。

先日内に熊が来た。

熊といっても、熊さんという名前のじいさんが来たのだった。
70代だ。
この老人は若い。が、酒飲みだ。
あった時から酒の匂いがした。
しかし、ピースボートで世界を二周していて妙にオープンだ。
日本人的ではない開けっぴろげな図々しいまでのフレンドリーさを持っている。

この日は東北の松島から新幹線で我が家に近い大磯駅まで来た。
長旅だったろう。
あってそうそうビールを買いに行けということで薬局へ。
相変わらずの変人だがなぜか憎めない。
たまに妙に哲学的なことをいったりする。
それもチベット仏教的にだ。
と、ようわからんじいさんだが再会したのは実に四年ぶりで、前回は初めてワーホリでフランスに行く前に開催した名古屋での個展に来てくれた時だった。

再会するなり、脈絡のない話で酒を飲む。
持参した竹を切っただけの自作のピッチャーを持ってきて、そこにみかんを入れて、ビールを注いで飲む。
けっこう風流だ。
土産には、古いブランデー。
そして竹ずみの入っているフクロウの置物を三つをくれたのだった。

この日は娘のお食い初めという、一生食べ物に困らないようにという願いをこめた昔ながらのお祝いを自宅でささやかにやった後だったので、竹と、フクロウとは縁起がいいなと思った。
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そんなじいさんと二日間に渡りよく歩いた。
平塚駅から海まで出て、海沿いを花水川河口まで。
きらきらと光る海を見ながら、重い砂浜を軽やかに歩いた。
サーファーを見たり。波を見たり。
釣り人と話したり、石を拾ったり。
このじいさんは毎日2万歩を心がけているらしい。
距離にして14キロほどだ。
つられて俺も歩きに歩いた。
パリから日本に帰ってきてからは随分歩く距離も減っていたので、良い機会だった。
パリでは移動手段として本当によく歩いた。
道も覚えるし、気分転換にもなる。
メトロと組み合わせれば最強だ。
ところが日本では、車に乗ることが増え、体もなまっていた。
歩けば発見がある。
家の裏にある高麗山を少し歩いて黄色い葉っぱを踏みながら山茶花を見て、湿った空気を感じる。
大磯町を歩き、古い邸宅や、日本家屋に心を踊らせる。
道行くおばちゃんにみかんをもらって話したり。
こんな余裕が楽しかった。
きづけば忙しい顔して早歩きの日々を過ごしていることもある。
日常がルーティーン化して繰り返しのように感じたら歩いてみよう。
必ず発見がある。

最後に熊は小田原へ旅立った。
その後愛知県の知多半島まで帰るそうだ。
see youといって熊は帰った。
久々の酒に体も心も暖かかった。

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Nov 2, 2015

開通

11月に入りようやくネット開通。
しかも工事までしました。

引っ越し後u-mobileを使っていましたが遅すぎて全く仕事にならず。
でauひかりを導入することに。
その後開通し本当にサクサクに。
ようやくスタートラインに立てた気がします。

ネットも結構ラヴですよ。
やはり必要。あったほうが楽しい。
そう素直に思いました。

今後ホームページもリニューアルします。
Parisで作っていたサイトが使えなくなり、モチベーション低下しまくっていたのですが、ようやく。ようやく動きました。
自分がメディアです。
明るい情報で、世界を照らして行きましょうよ!!

ドローイングも好調。
ドンドン描いていきますよ~~。


古代人の街~blue~

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Oct 20, 2015

媚びるな!!

朝方かいていたドローイング。
牛は宇宙的なコスチューム。
そして一言。
媚びるな!!

そうだよな。
俺には俺の絵がある。世界がある。
そこは誰にも譲れない。
世間の評価?他人の目?
気にならないと言ったら嘘になるが、必要以上に気にする必要はない。
人の目線で格好つけて、流行りのスタイルに没入しても、
虚しさは増すばかり。

自分の心の声は何て言っているのか?
何がしたい?
どこへ行きたい?
何が食べたい?
なんでもいい。その本音をもっと自分が聞いてやりたい。

こんな気分もあるだろうよ。

Take It Eazy
気ままにいこう。

 

Oct 6, 2015

海辺へ引っ越し

いきなりだが近況報告。
先日引っ越しました。

8月31日から平塚市にである。(ほぼ大磯町)
以前から家を探していたが、ようやくみつけたのだった。
重視したのは海までの距離。自転車で行ける。
そして家の裏には山。
東京まで電車で一時間弱で行ける。
両家の実家も3時間半くらいなどなど。


家の裏には山があります。
妻が出産後実家にいて子供ともどもお世話になっている間も、家を作る準備に追われた。
日本での引っ越しがここまで大変だとは。
何が大変かというと家具が何もないからだ。
フランスでの生活では、四回引っ越したが、いつも家具や食器などすぐにでも暮らせるベースは整っていた。そこに自分の必要なものを買い足したりするだけなので、余計なコストはかからない。もっとも、自分好みの生活をしたい人は、家具ももって引っ越すのだろうが、あまり物を持ちたくない自分にとっては、めんどうなのだ。

引っ越し後、買い出しに走り、冷蔵庫、洗濯機、ガスレンジなども自分で新古品を設置した。重かった。そしてある朝、まさかのぎっくり腰になった。
強烈な痛みで動けない。そして誰もいない。
救急車で病院へ向かい。悶絶。悶絶。悶絶。
悶絶グルーブだ。
カーテンもない。丸見え。
カーテンは高い。信じられないくらい高い。驚いた。
布団もない。寝る時痛い。

病院でコルセットをまいたら少し落ち着いた。
その後は、はって生活。
はって食事。
トイレまで階段をはって降りる。

で親が週末に愛知から助けに来てくれて布団をゲット。柔らかくて感激した。
で一ヶ月後にようやく妻子が合流。
10月から新居での暮らし!!

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ALOHA

 

Aug 8, 2015

妊娠から出産まで

前回の投稿から気がつけば長い長い時間が経っていた。
それくらい忙しかったのか?充実していたのか?
さて。。。

妻が妊娠したので、帰国後、何かモードが切り替わった。
アート中心から、子育てにである。
妊婦さんに良い食事とは?良い生活とは?
出産って痛いのか?実際どうなのか?
わからないことだらけだった。
自分なりに色々と実践を重ねた。正解はあるのかないのか。

そこで、妻が見つけた、ヒプノバースのセミナーへ東京まで行くことになった。
ヒプノバースとは???
受講料も二日で35000円。
半信半疑で調べたり聞いたりして、だんだんと自分もお産に参加して行ったのだった。

ヒプノバースとは、潜在意識にアプローチして、ネガティブなお産のイメージを払拭し、人間が本来持っているお産の喜びを取り戻す、素晴らしいメソッドである。
なんでも、イギリスのキャサリン妃もその方法で出産したようで注目も高まっていた。
徐々に興味が湧いてきて、セミナーへと向かった。

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当日は栃木の妻の実家から東京の洗足池まで電車で向かった。
まだ寒い2月だった。

セミナーはまさに目からうろこ。
夫も出産に参加しなければもったいない。
まさに意識が変わった。たくさん勉強した。

セミナー後、徐々に自分たちの求めているものがわかり、当初予定していた総合病院のバースセンターより、アットホームな環境と、ぬくもり重視のことり助産院さんに進路変更。
そして8月に栃木県の、ことり助産院さんで無事出産。
しかし当日、準備に準備を重ねていたが、数日愛知県の実家に母の誕生日と、兄家族で1日旅行に行ったところ、次の日妻から電話があり、予定日より18日はやく産気づいたとのこと。東京からの新幹線が運休したため、急いで車を飛ばし栃木まで向かうが遠い遠い道のり。
車中でさ助産院さんから電話があり、妻の血圧が高く、近くの大きな病院に移るかもとのこと。「しばらく様子を見てまた電話します。」

まさかそんなはずはない。
祈ってくださいと言われ、車中で泣きながら夢中で祈った。
自分のことはいいから、妻と赤ちゃんは無事出産させてください。
お願いします。

30分ほどして、また電話があり、安藤さん産まれますとのこと。
え?今ですかーー?
電話での実況中継が始まった。

妻の大きな呻きにも似た声が聞こえる。
すると。
ふわーーー。
ふわーーー。
と赤ちゃんの泣き声が。
思わず号泣。感動と、自分のいれない悔しさと入り混じり、運転しながら泣いた。
その時に空が晴れていて、何か全てが生まれ変わったようなそんな新鮮な感じがした。
新しい命の誕生。
それも自分の子供が本当に生まれたんだ。
急いで栃木に向かいついたのは夜。
そして妻と赤ちゃんの顔を見た時には、最高の幸せがあった。

数日間助産院さんで、美味しい食事と楽しい時を過ごし、夏休みは過ぎていった。
部屋から見える山が綺麗でいやされた。

並行して新居もずっと探していた。
神奈川県の湘南でだ。やや街の辻堂、茅ヶ崎周辺での家探しが多かったのだが、気になっていた平塚市の山が見える新居に決めた。
都会と田舎のバランス。
人間と自然のバランス。
色々と整ってきた。

ここから新しい生活が始まる。

 

 

Jul 7, 2015

虹色の猫

海のつながりから、ドローイングをかきだした。
気ままに、気負わず。
ただただ昔のような心で。
妊娠している妻が、検診などで実家に帰省している時に、妻の実家の猫メイちゃんを感じてかいてみた。
レインボーカラー虹色だ。
こないだのライブからの、海からの流れが体の中を心地よく流れている。
自然からの風が気持ち良い。
こんな気分で楽しく平和に生きていこう。
猫のように。

以上。

 

Jun 6, 2015

海のつながり〜ライブペイント〜

6月のこと。

ひさびさの海へ。
今年こそサーフィンをもっとやりたい。
今まで、フランス行きとかぶっていたため、いつもそこそこしかやれなかった。
でもまだ寒い。そこでPatagoniaでウエットスーツを購入。

そして、Patagoniaにあったフライヤーから、海でのイベントに参加した。
よく行く伊良湖エリアでのイベントで、昔ライブで参加した場所での開催だった。

その前にサクッとロコというポイントに海を眺めに行った。
本当に久々の海だ。
トイレに行こうと道を歩くとある人と目があった。
もしかして。
そう昨年夏に台湾に行った時にチャーロースイという場所で出会って、車でバス停まで送ってくれたカップルだ。すげ~~~。大阪からきていた。
しばらく話し込んで感激した。
向こうも驚いていた。
海のつながりのシンクロに驚く。

その後泳いだりして、ウェットと、海に慣れようと試みた。
めちゃくちゃ暖かい。そして浮力があって体が浮くことに驚いた。
その後イベントに。

そこで楽しみだったのは、ハンドプレーン作りのワークショップ。
大好きなボディサーフィンの道具ハンドプレーンを木を削って自分でシェイプして手作りするのだ。
行ってみると、Patagoniaスタッフの方々が。奇遇にもお話しさせていただいたことがある方ばかり。
中でもPatagonia東京の小川さんのボディサーフィンへの愛情には感じるものがあった。
共感。

そして会場では地元のサーフショップ、Chill Outのまっちゃんにも嬉しい再会。
以前のイベントUMINARIでお世話になったナイスガイだ。
会場の入り口についてすぐに会ったのが彼だった。
いつものように風のように軽やかでサーファーの素晴らしいマインドを感じさせてくれる。
またもシンクロ。

そして新しい出会い。
サンフランシスコから来たバンドCyclub(サイクラブ)
何か良い音だしてるなー。とハンドプレーンをシェイプしながら聞いているとシャスタのUFOの話なんかも出てきて、ますますこりゃおもしろいなーと。
そして、ヴォーカルギターのジュンコさんに話しかけると、とても気さくでオープンな人で、ツアーの中の伊豆でのライブで、ライブペイントの話が決まりました。
現地合流のノープラン。
しかも即興で今の日本の海を描きたいな~と。

でしばらく後の伊豆。


三線でも飛び入り参加。オープンな空気が最高。

そして、ライブペイントはドローイングから。

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久々に楽しかった。アートがまたすこしずつ楽しくなってきた。
そんなパワーもらいました。
帰りに、子供向けのCyclubキッズクラブのCDとステッカーをもらいました。
うれしい。その後お腹の赤ちゃんとたくさん聞きました。
ありがとうございました。

 

May 5, 2015

沖縄再訪

GWに久々の沖縄へ。

原点に帰ろうとの事で友人TAKAと行ってきた。
実に7年ぶりである。
サーフトリップに行こうからの流れである。

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久々に行ってみて思ったのが、昔行った時よりもはるかに小さな島に見えたことだった。
そしてディープさも色々と整備されて綺麗になって、整ってきている気がした。
那覇の街もビルが増えている。

正直移住も少しは考えていた。
しかし、自分は変わり、街も変わっていた。
思い出を訪ねても、もうそこには何もなかった。
浦島である。
携帯もなく友人へのコンタクトもできなかった。
だがそれこそが今回の流れ。

初日は一人で前乗りし、久々にゲストハウス、安い宿を探して一泊した。
しかし昔のようなワクワクはもうない。
自分も今では快適さに慣れていた。

沖縄の美術館、博物館はとても良かった。
一人で歴史を学び、じっくりと感じて、考える時間が嬉しい。

TAKAと空港で合流後、レンタカーを借りて島を一周した。
四日ほどレンタカーで寝泊まりした。
山、滝、海、川。
やっぱり沖縄は最高だ。
波はなかったけど。

思い出のある名護や、やんばる、そして辺野古も行った。
色々感じた。考えた。そして自分の道を選んだ。

南部の戦跡で悲しみに触れてから、海に癒され、聖地へ。
沖縄には島の中に陰陽が深く根ざしている。
このコントラストは深い。

クライマックスは斎場御嶽だ。
やはりここはすごい。
観光客の喧騒の合間を縫って祈りを捧げた。
ここも以前より、観光地化して、騒がしくなっていた。
でも見える海は変わらない。
素晴らしいパワーも変わらない。

那覇に戻りビルの谷間でロシア人の若者と、酔っ払いのおじさんを通訳する。
悲しみを抱えた両者の和合で陰陽のバランスが取れたら平和だな。
世界もその延長にあるのだろう。
自分の役割を察した。
那覇を歩くとビルの間にふと現れるぴりりとした緊張感。
御嶽だ。
御嶽は魂の集まる場。
そこにはサーバーのようにアクセスできる聖なる情報源がある。
傲慢になってやせ細った人間の暮らしを正すメッセージがある。
きづけば口子のように触媒となり自分がメッセージを伝えた。
人間も清い。尊い。本来のあり方であるのならば。

大事な心が戻ってきたようでなにかホッとした。
これからも自分のやるべきことを見極めて歩んでいこうと決意した。
今やれることを。
沖縄に感謝を告げた。
また会う日まで。

 

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